(以下、一ヶ月ほど前に書いて放置していたメモ)
人工知能には昔から興味がありましたが、僕の中ではいまだにその定義すら曖昧なままです。
世の中には人工知能を作ってあれこれしようと考えている人が結構いると思います。
気になるのが、人工知能そのものの定義については置いておくとして、「さあついに人工知能ができたぞ!」となったときに、いったいそれをどう活用すべきなのか、ということ。
僕が特に気になるのは、「誰がそれを動かすのか」ということです。
たぶん、人工知能を動かす人はその「初期パラメータ」を設定する人であり、つまりはその人工知能がどのように動作するのかはその人物によって決まってくるはずです。
そこがすごくひっかかるんですね。
(あとやっぱり、「人工知能の定義」の問題もここで避けられない問題として出てくると思います。
「さあできたぞ!」と言ってできたものが本当に「知能」なのかどうかは「人工知能の定義」ひいては「知能の定義」を曖昧にしたままでは判断できないでしょう。
そもそも、「知能」や「意識」が何なのかを人類が理解できるようになる日は来るのでしょうか。
ここから先は哲学の世界ですね。)
えーとえーと、うまくまとめられそうにないんですが、ソーシャルブックマーク的なあるいは Google 検索的な、つまり「Wisdom of Crowds(群衆の叡智)」的なアプローチと、人工知能的なアプローチの対比で最近いろいろと考えてました。
ソーシャルブックマークが属人性を最大限に高めた Web のシステムだとすると、人工知能的なアプローチはその真逆に位置すると思います。
(いや、真逆ってほどでもないか)
ていうか「人工知能的なアプローチ」にどんものがあるのかと言われても正直全然思いつかないんですけど。
(Powerset ってそれ系なのかな)
ネット上には人々の「意思」が溢れかえっています。
Web ページやブログ記事等が人々の「意思」の表れとしてネット上に溢れていて、そして今も増え続けています。
これらの情報をうまくまとめるためのシステムが検索エンジンであったり、ソーシャルブックマークであったりするのだと思います。
人工知能の技術をもってしてそういった情報にアプローチするというのではいまのところ大した成果はあがってないんですよね。
で、それが、えーっと、そのー、、
つまり、、、
…
何が言いたかったんだっけ?




