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アメリカン・コミュニティ―国家と個人が交差する場所 渡辺 靖 新潮社 2007-11 |
非常に面白かった。
ちゃんと理解できたとは言い難いけど。
私が気になるのは、むしろ、こうした「道徳的最小主義」のコミュニティが、富裕層から労働者階級に至るまで、全米で増加の一途にある点だ。ゲートの中に生きる人にとって、ゲートの外の政治や社会のシステムが、さして貢献する必要のない世界だとすれば、「アメリカ」というより大きなコミュニティはどうなるのだろうか。
(略)
自分以外の人々との交わりを避ければ避けるほど恐怖は高まる。ロウの著書のなかで、ある子供が建設現場の作業員や清掃スタッフを見て、怖さのあまりたじろぐ様子が描かれているが、この姿そのものに私は不吉さを感じる。彼らが交わり合うことはあるのだろうか。最近では、ゲートの中に更なるゲートを持つコミュニティもあると聞く。
アメリカを語るとき、必ずと言っていいほどまとわりつく「多様性」という枕詞。それは単に自然環境や、人種や宗教といった社会構成における「多様性」を指すのではなく、「アメリカは○○である」という定義づけを常に拒むカウンター・ディスコース(対抗言語)が存在する点にこそ特徴がある。こうしたカウンター・ディスコースへの視点を失うと、「アメリカ」は単純な記号に収まり、アメリカ理解は安易な「排米論」や「拝米論」に矮小化することになる。アメリカの多様性はいくら強調してもし過ぎることはない。本書で取り上げた九つのコミュニティは、そうしたカウンター・ディスコースのアメリカ、多様なアメリカのほんの断章に過ぎない。
実際の所、アメリカって知ってるようで全然知らない(僕が無知なだけでもあるんだけど)。
というか、アメリカ人がアメリカというものをどうとらえているのか、ってのをもっと理解したいと思った。
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ちゃんと理解できてないからまともな感想が書けない。。。





